政治家よ、大志を貫け!

まあ、とやかく言われている暫定税率再可決、年金不祥事、健保制度不備…。
いつものように大方の論調が一致しているので、ここは冷静に、違う視点からちょいと。


いったい僕らは何に対して不満を持っているのでしょうか。


漠然と、今の世の中に対して?
格差社会? 数々の不正? 公平でない世の中? 異常気象?
世論と真逆を行く与党? ボイコットばかりする野党?
先の見えない、私の生活…?


政治というのは、万能ではありません。
たくさんの人の幸福を最大化するための、妥協の産物であります。
そして同時に、少数の意見を尊重する、社会の知恵でもある…はずです。


それを前提に、翻って暫定税率問題。


ガソリン価格が上がったり下がったりすることは、確かに僕らの生活の問題だけれども、政治家として活動している皆さんの頭の中に、そんなことよりももっと大事なこと(決して、ガソリンが大事じゃないと言いたいのではない、もっと別次元の大事なこと)がいつも抜けているから、僕らは怒っているんじゃないかと、私は思うのです。


100年安心年金プラン、と言っておきながら、蓋を開ければ(いや開けなくたって想像ついてたけど…)詐欺行為・犯罪行為ばかり目立って、急遽繕おうとする無様な格好、こんな同じようなことを何度となく僕らは見てきたから、だから実に腹立たしいのではないか、と。


怒りの矛先は、ガソリン税社保庁後期高齢者医療制度等々、各事象にぶつけることもさることながら、「軸」のない政治家の頭の中にこそ、向けるべきではないか、と。


その時代ごとの政治トピックは、本来は政治家一人一人が持つ大きなポリシーの中で、決められるべきことです。
「どんな世の中にしたいのか、そしてその実現のため、これだけは命と引き換えにでもやりぬかなければならない」、そんな悲壮な決意こそを、政治家は持つべきではないかと思うのです。


かつて田中角栄氏が「土建」国家を、小泉純一郎氏が「郵政民営化」を訴えました。


なんで土建か郵政か、その理由の是非はこの際省くとしても(その理由も国民にとっては相当重要ですが、それよりも何よりも重要なのは)、そのことが国家国民のためであると信じ、その他のことは少しくらい吹き飛ばしたとしても、何が何でもやってのけるという決意こそが、大きな国民の信を得たのではないでしょうか。
…それは「この政治家なら、何かやってくれそうだ!」という期待とも近い気がします。


ただし、これはポピュリズムに訴えろ、ということではありません。


むしろ「国民の意見に迎合する前に、お前(=政治家)自身を問え」と私は政治家に問いたいのです。
たとえ多くの国民が反対しようとも、これからの世の中をこうしていきたい、と命を賭けて思っていることがあるのかどうか、であります。


政治主張は変われど(時代に応じ、変節するのは一向に構わないと私は思う)、その主張を変える理由となる、己の中にこの世に対する考え方の「軸」があるかどうか、の話だと私は思うのです。


とどのつまり、問題はガソリンじゃない、政治家一人一人の軸がブレていることではないでしょうか。
来たる解散総選挙まで、僕らも党利党略を追うのではなく、政治家一人一人を見ていきたいものです。
自民がダメだ民主もダメだとか言う前に、一人一人をつぶさに見ていけば、意外と真面目なことを言っている人もいたりするもんです。