あったらいいな、翻訳コンニャク

最近NACK5がつまらないせいかJ-WAVEをよく聴いているのですが、今日もさっきまで生放送されていたリリーさんの番組を聴いていました。
この番組、生放送中なのにスタジオのドアはギィーギィー鳴ってるし、ラジオなのに投稿メール選んでるときは無音だし、先週スタッフにもらったばかりという扱い慣れないiPodを直付けで曲を流すし、昔私がやってたラジオサークルよりひどい環境でやってるのがステキング。
そんなリリーさんのテンション低い声(誉め言葉です)で語られる下世話な性の話の中で、先週「自分の居場所が見つからず、死にたい」というリスナーからのメールが読まれました。
「今悩んでいることを抽象的に考えるからそうなるわけで、もっと具体的に考えればそんな結論にはならない」と諭したリリーさんの言葉に、私は感銘を受けたのですが、そのリスナーは今日またメールで「まだ死にたい、昨日リストカットした」と送ってきました。
そりゃ死にたいという人がいるのも事実だし、その人の本当の気持ちなんて他人に100%分かるわけないし、その人がどうするのも勝手だけど、一週間前にリリーさんの言ったことが全く伝わっていないことが、私には衝撃的でした。
その後、いろんなリスナーが自分も辛かったよとか、今も病気と闘病していることなどを送ってきてその内の一部が読まれたけど、よく考えたら、他人に気持ちを伝えるのって、難しいんですよね。
ただでさえふわふわしてる今のこの自分の気持ちを、自分の言葉で伝えて、それを受けて生じた他人のふわふわしたその気持ちを、他人の言葉で理解するってのは、こりゃ至極難しいよ。
でも難しいけど、生きてくってそういうことだと思うんだよね。
そして最近は、この面倒なことをやろうとしない、というか、知らないからやってない人がたっくさんいるような気もします。
重度な心の病気の場合もあるから一概には言えないけど、死にたいって人は、本田美奈子.さんや高橋ひろさんの話を聞いて、いいなあ私も死にたいなあ、と思うのかな。そうじゃなくて多分、そういう生きたくても生きられなかった人のことを思うことをしないんだろうね。
ちなみに番組終盤、またそのリスナーがメールを送ってきて「まだ死にたい気持ちもあるけど、みなさんの話を聴いて、少しは生きていかねばならない気持ちになった」そうです。